バングラディッシュの地震こんにちは、シンガポール在住、Yoshiです。

熊本で大きな地震災害が発生してしまいました。
ニュースを見るたびに心が痛みます。
地震で被害を受けている方々に対して、
心よりお見舞いを申し上げます。

一日も早く、心安らかな日々が
訪れることを願うばかりです。

さて、最近は東南アジアから足を延ばし、
南アジアのバングラディッシュに行く機会が
ありました。

バングラディッシュも日本同様、地震国です。

プレートテクトニクスの観点で
日本は4枚ものプレートがせめぎ合う特異点
だと強調されることがありますが、

バングラディッシュ付近でも
3枚のプレートが衝突し、
様々な地球物理現象を引き起こします。

南西から押し寄せるインドプレート、
それを北で受け止めるユーラシアプレート
そのユーラシアプレートに東から乗り上げる
ミャンマーマイクロプレート。

それぞれのプレート境界に沿って
長く大きな断層帯が形成され、
過去にも大きな地震を引き起こしてきました。

Fault

ざっと調べてみただけでも、
以下の地震があったことが分かりました。

 

過去の大地震

1663ダッカで震度5弱

1762:震源チッタゴン付近。ダッカでの震度は4程度。

1787ダッカで4-5弱

1812ダッカ近郊が震源。多くの建物が被害受けた。震度5強。

1865チッタゴンが震源。ダッカでは震度4-5

1885ベンガル地震。ダッカ北西50km
Madhupul 断層が震源と推測。
ダッカでの震度は5弱-5強。

1897インド大地震。マグニチュード8.7。
震源はダッカ北200kmのShillong 高原。
揺れは3分続いた。死者1600人以上。
ダッカでの震度は5強。500以上の家屋が倒壊。

1918ダッカで震度5弱

どうやら、震度5以上の地震は、
30~50年程度の間隔で発生しているようです。

また、バングラディッシュの人口密度の高さは世界一。

アメリカの約半分の人工が、
アメリカ国土の2%足らずの場所に住んでいる

というから驚きです。
それに建物が脆弱なことでも有名です。
建物はレンガ・ブロック積みの壁と
細い柱が目立ちます。

ちょうど3年前、ダッカにある縫製工場の
ビルが突然崩れ落ちました。

ショッキングな映像とともに、
全世界を駆け巡ったニュースなので、
記憶に残っている方も
多いと思います。

RANA

RANA PLAZAというその縫製工場は、
崩壊が起こる前に異変が見られたため、
従業員が一旦非難したものの、

事業主が就労者を強制的に工場に戻した直後、
建物が崩壊、大参事になりました。

経緯を振り返ると「人災」の面も否めませんが、
それも建物がそもそも脆弱だったことに
根本原因はあります。

1000人以上の死者を出した悲劇から3年。
地元の新聞は縫製業では働く人たちの
労働環境改善の動きに注目し、

辛くも生き延びた人たちに
インタビューをする記事が掲載されています。

一方で、建物の改善、補強に関する
言及は少なかったことに驚きました。

少し技術的な話をすると、

1993年にバングラディッシュの建築基準が制定されました。
その基準は地震を考慮した設計になっていましたが、
地震への考え方は甘く2010年の改訂で、
ようやく
他国の基準と同程度の耐震基準になりました。

基準はできましたが、設計通りの施工がされているか、
というのは別問題、多いに疑問が残るところです。

こうした状況を踏まえて、
ダッカを評して、

「世界で最も地震リスクの高い都市」

と言われます。

現在、日本政府の援助で多くの
インフラが整備されつつあります。

日本が長年培ってきた耐震技術を生かし、
バングラディッシュの人々が安心できる社会になれば、
と願います。

 

以上、今回は「バングラディッシュの地震」でした。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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