タイトル

ベトナムからタイ、ミャンマーへと続く経済回廊

みなさん、お元気でしょうか。

2回目の執筆になります、
ベトナム・ホーチミン駐在員の山本です。

現在、ホーチミンはCovid-19蔓延のためロックダウン、
外出規制が敷かれております。

さて、今回は視野を大きくして、
インドシナ半島を東西に跨ぐ経済回廊について解説します。

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   (経済回廊:外務省資料を基に筆者作成)




経済回廊とは

そもそも「経済回廊」ってなに?
と思われる方もいらっしゃると思います。
字も難しいですね。「けいざいかいろう」と読み、
国を跨いで人や物が活発に移動できるよう、
道路、鉄道などのインフラを一括して整備する
経済開発計画のことを言います。
回廊をつなぎ地域を一つの経済圏としてとらえることで、
産業発展のポテンシャルを上げることが出来、
経済規模の拡大や輸出入を含めた物流の効率化が見込めます。
また一国では限られていた市場としての魅力を底上げして、
多くの投資を呼び込むことも期待されます。

さてインドシナ半島では、図に示すように
「東西経済回廊」と「南部経済回廊」として、
道路、橋梁や港湾の整備が行われています。
両回廊ともにベトナムからタイはほぼ整備されており、
ミャンマー国内での整備が継続中です。
さらにベトナム、カンボジア、タイの一部では
高速道路化も進められています。

また、地図には記載しませんでしたが、
中国主導で、「南北経済回廊」も整備されつつあります。


経済回廊の歴史

現在、道路の整備が進められている回廊の起源は、
1959年に国連で構想された「アジアハイウェイ」なのだそうです。
しかし、その後は、ベトナム戦争(1955~1975年)、
カンボジア内戦(1967~1975年)などで、
構想は中断されてしまいました。
社会が落ち着いた1992年、アジア開発銀行(ADB)主導のもと、
カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム、タイ、中国(6ヵ国)で
「大メコン圏(GMS: Greater Mekong Subregion)経済協力プログラム」が実施され、
特に交通部門へ重点が置かれるようになり、
道路整備の機運が高まった、とのことです。

具体的には、2001年のGMS閣僚会議で、
南北・東西・南部の経済回廊ルートが採択されたそうです。


経済回廊整備への日本の協力

前述の通り、南北回廊については、
資金など中国主導で整備されていますが、
東西と南部回廊の整備には、日本が大きく貢献しています。
代表的なものは、
東西回廊の第2メコン友好橋(2006年)、
南部回廊のネアックルン橋(2015年)や
現在建設中の東西回廊ミャンマー区間(道路、橋梁)など。
また、運用・維持管理の施設や指導なども数多く
ODA(政府開発援助)によって行われています。
なお、上記のプロジェクトの多くは、
グループ会社である株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバルが
コンサルティングを担っており、
グループ会社の一員として誇らしく思うところです。

南部回廊の出発地

さて今回、経済回廊を取り上げたもう一つの理由は、
私が南部回廊の玄関口であるカトライ港の近くに住んでいるためです。
カトライ港は、河口から約50km上流のドンナイ川沿いにある河川港になります。
(地図ではブンタウの海港が先端ですが、どちらも玄関口と呼ばせてください。)

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(自宅からカトライ港を望む:ときおり船の汽笛が響く距離)

日本をはじめ太平洋方面からの貨物は、
ここカトライ港から内陸各国へ送られるものも多いです。
また直接ではなくベトナムの工場で加工されて
各国のサプライチェーンに繋がっていくものもあります。
逆に、内陸各国からここを経由して、
太平洋の市場へ出ていくものも多いです。
そんな経済の息吹を身近で感じながら、
回廊を通じたインドシナ半島のさらなる発展を願うとともに、
インフラの整備や保全の分野で、
ATKが貢献していくことを心に誓うのでした。

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。

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